大判例

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東京地方裁判所 昭和31年(レ)274号 判決 1957年3月29日

控訴人 佐藤元次郎

被控訴人 矢田部栄次

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、東京都葛飾区下小松町七百四十四番地所在の木造瓦葺二階建未完成家屋一棟建坪十坪二階十坪を収去して、その敷地二十五坪(別紙図面中斜線の部分)を明渡し、かつ、昭和二十九年十月一日から右明渡済まで一ケ月金三百九十五円の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において金五十万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

控訴人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、左記の外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人代理人の主張

一、原判決二枚目表五行目の「昭和二十九年十月一日より」とあるを「昭和二十八年三月一日より」と、同六、七行目の「被告は昭和十年二月頃から原告に無断で右宅地の北東隅十八坪を訴外牛田国之助に転貸し」とあるを、「被告は、昭和九年十日頃原告に無断で訴外牛田国之助に対し、被告の実兄矢田部清を代理人として、右宅地の北東隅十八坪を、賃料一ケ月坪当り十七銭、賃借譲渡代金百五十二円、期間の定めなく転貸し、右牛田は昭和十年二月頃被告に対し右譲渡代金を支払つた。」と、三枚目表二行目の「同第六号証の一、二の成立は知らない。」とあるを、「同第六号証の一、二の成立を認める。」と各訂正する。

二、被控訴人には賃借人として不信の行為があつたから、控訴人のなした無断転貸を理由とする賃貸借の解除ば有効である。被控訴人の不信行為は次のとおり。

(1)  被控訴人は、前記のように借地の一部を二十年以上も牛田国之助に無断転貸しながら、これを控訴人に秘し、被控訴人の控訴人に対する賃料よりははるかに多額の転貸料を右牛田から取立てて不当の利益を得ていたものである。

(2)  控訴人は、被控訴人に賃貸するに当り、同人は当時医学生であつたが、将来は借地上に医院を開業するとのことであつたので、それ故に同人を信頼して賃貸したのであるが、被控訴人は、契約締結以来一度も借地上に居住せず、又、賃料支払に来たこともなく、肩書地に居住して同所において二十数年医院を開業して、もはや借地に居住する必要は全くない。借地上に存する建物も実際は兄矢田部清に贈与し、同人が借地上に居住し、かつ、控訴人に対する賃料の支払その他借地の管理一切につき被控訴人を代理しており、本件土地の賃貸借は実質的にはあたかも控訴人と右清との間の契約であるかのような観を呈している。

(3)  被控訴人は、昭和二十九年八月十六日に賃貸期間が満了し、控訴人から契約更新拒絶の意思表示があつたに拘らず、突如として本件借地中本訴における係争の二十五坪(以下、本件土地という)上に建物の建築を初め、控訴人の本件土地の返還請求を困難ならしめようとして、不当な工作を行つている。

以上の事実からすれば、控訴人と被控訴人との間にはもはや賃貸借契約を維持すべき信頼関係は失われているから、控訴人のなした賃貸借解除の意思表示は有効である。

三、択一的請求原因として、期間満了による賃貸借契約の終了を主張する。控訴人は、昭和九年八月十七日、被控訴人との間に、原判決事実摘示のとおり、賃貸借契約を締結したが、右賃貸借は昭和二十九年八月十六日をもつて、二十年の契約期間が満了した。しかして、本件土地は契約当初より右期間満了の当時まで空地のままに放置されていたものである。

控訴人は、期間満了の一年前から被控訴人に対し自己使用を理由として、更新拒絶の意思表示をしていたが、昭和二十九年九月二十二日、書面をもつて期間満了と無断転貸を理由として同月末日限り本件借地を明渡すべきことを求め、右書面はその頃被控訴人方に到達した。また、被控訴人が同月二十五日になした更新請求に対しては、同月二十八日発信二十九日到達の書面で遅滞なく異議を述べたものである。しかして、本件土地は控訴人の長男佐藤博が歯科医を開業するにつき是非とも必要なので、控訴人のなした異議の申立には正当の事由があるものである。

従つて、控訴人と被控訴人間の賃貸借契約は本件土地につき期間満了により終了したものであるから、被控訴人は控訴人に対し土地所有権に基き右地上に存する被控訴人所有の未完成建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、一ケ月金三百九十五円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

なお、被控訴人が本件借地上にその主張のように四棟の家屋を所有していることは争わない。

被控訴人代理人の答弁

一、認否

被控訴人が昭和九年十月頃牛田国之助に対し本件借地のうち北東隅十八坪を控訴人に無断で転貸し、牛田が右地上に控訴人主張のような建物を所有して居住していること、被控訴人が本件土地上に控訴人主張のような建物を所有して右土地を占有していること、本件土地の賃料相当額が一ケ月金三百九十五円であることは認める。なお、一ケ月の賃料が千八百円になつたのは控訴人主張のように昭和二十八年三月一日からでなく、昭和二十七年一月一日からである。本件土地が契約当初から期間満了の当時まで空地であつて、その地上に建物が存在しなかつたこと、控訴人主張の昭和二十九年九月二十二日付及び同月二十八日発信の書面がいずれもその頃被控訴人方に到達したことは認めるが、控訴人の側にいわゆる正当事由の存することは争う。

二、無断転貸を理由とする賃貸借解除の主張は失当である。

被控訴人が借地した当初は周囲が田畑でさびしい所であつたが被控訴人は将来の発展を予想して借地に地盛をした上、数棟の家屋を建てて今日の繁栄を迎えたものであつて、賃借以来賃料の支払はすべて遅滞なく履行している。転貸借の部分は賃借土地の小部分にすぎず、しかもその動機は被控訴人の伯母岩田きんがその夫岩田富士太郎と死別して以来のさびしい生活を送つていたので、同女の懇請を容れて被控訴人の借地上に家屋を建てて居住させたものであり、同女はここにその生涯を終つたのである。これに加えて、控訴人は転借人の牛田に対してその転借土地を賃貸してもよいと云つているのである。これらの事情を綜合すれば、本件賃貸借をもつて賃貸人に対する背信行為とするに足らず、従つて、無断転貸借を理由とする賃貸借契約の解除は許されないものである。

三、期間満了による賃貸借の終了に関する主張も失当である。

控訴人は期間満了の一年前から自己使用を理由として更新拒絶の意思表示をした旨主張するが、控訴人は期間満了の近ずいた昭和二十九年七月頃から被控訴人の代理人矢田部清に対し同人が地代を支払いに行く度に期間満了を理由に更新料を提供して欲しい旨申出ていたものであり、明渡の話は全然なかつた。しかも同年八月分(期間満了後たる八月十七日から八月末日までの分を含む。)の賃料を九月一日に持参した時も、控訴人は異議なくこれを受領している。しかして、被控訴人は昭和二十九年九月二十五日付書面で控訴人に対し契約更新の請求をなし、右書面は同日控訴人方に到達しており、しかも本件賃借地上には別紙図面のとおり、中村、高山、三浦及び矢田部清の居住する被控訴人所有の四棟の家屋が存在するのであるから、控訴人と被控訴人間の本件賃貸借契約はこれにより当然に更新されたものである。故に期間満了により賃貸借が終了したことを理由とする控訴人の請求も失当である。

証拠

控訴人代理人は当審において甲第十二、第十三号証、第十四号証の一、二、第十五、第十六号証、第十七号証の一ないし六、第十八号証の一、二、第十九ないし第二十二号証を提出し、証人三田民次郎、同佐藤博、控訴本人の各供述を援用し、当審提出の乙号各証の成立を認め、第七、第八号証、第十ないし第十二号証の各一、二を利益に援用し、被控訴人代理人は、当審において乙第七ないし第九号証、第十ないし第十二号証の各一、二を提出し、証人矢田部清、被控訴本人の各供述を援用し、甲第十六号証の成立は不知、その余の当審提出の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

控訴人が昭和九年八月十七日被控訴人に対し、控訴人所有に係る東京都葛飾区下小松町七百四十四番地宅地百十八坪七合六勺(坪数につき多少争いあるもしばらく措く)を、堅固ならざる建物所有の目的で、期間二十年、賃料一ケ月坪当り十三銭、毎月二十八日持参払の約定で賃貸し、その後坪数は区劃整理のため百十三坪六合となり、賃料は遅くとも昭和二十八年三月一日以後は一ケ月金千八百円となつたことは当事者間に争いないところであるから右の賃貸借は昭和二十九年八月十七日をもつて存続期間が満了したものといわなければならない。

控訴人は、右賃貸借契約は期間満了によつて終了したと主張するので、この点につき判断する。

控訴人が昭和二十九年九月二十二日被控訴人に対し書面をもつて期間満了と無断転貸を理由として同月末日限り本件借地を明渡すべきことを求め、その頃右書面が被控訴人方に到達したこと、被控訴人が同年同月二十五日控訴人に対し契約更新の請求をしたこと、当時被控訴人が本件借地上にその主張のような四棟の家屋を所有していたこと及び控訴人が同年同月二十八日被控訴人に対し書面で右更新請求に対し異議を述べ、右書面がその頃被控訴人方に到達したことはいずれも当事者間に争いがない。そこで、控訴人が被控訴人に対してなした継続使用ないしは更新請求に対する異議につき正当の事由があるか否かを判断する。

(1)  当審における証人佐藤博及び控訴本人の供述によると、控訴人の長男佐藤博は歯科医師で、現在、新橋二丁目一番地にある愛歯歯科医院に勤務し、月給二万四千円を得ているが、将来、経済的に独立して、妻子三人を養い、かつ、長男として父たる控訴人の面倒をみるため、独立して歯科医を開業することを切望しているが、他に適当な場所がなく、歯科医開業のため控訴人等において是非とも本件土地を必要とする事情にあることが認められ、当審における証人矢田部清の証言中この認定に反する部分は採用しない。一方原審及び当審における証人矢田部清、被控訴本人の各供述によれば、被控訴人は、賃借当初約一年位本件借地に居住した外、全然ここに居住せず、本件借地の管理はあけて兄矢田部清に一任し昭和二十一年十月頃から現在まで引き続き肩書地で医師を開業しており、兄矢田部清において菓子屋を開業するため本件土地を使用することを計画しているものの如くであるが、被控訴人自身については将来とも本件土地を自から使用することを必要とするような事情は全然ないことが認められる。

(2)  本件土地二十五坪が賃貸当初から期間満了の当時まで引き続き空地であつたことは当事者間に争がなく、当審における控訴本人及び証人矢田部清の供述によれば、本件地上の未完成建物は控訴人から被控訴人に対し無断転貸と期間満了を理由としてその返還を求めた后に矢田部清が急遽建築に着手したものであることが認められ、そこに不純の動機の潜在を疑わしめるものがないでもない。

(3)  被控訴人が訴外牛田国之助に対して本件借地の一部(十八坪)を長期にわたつて、無断転貸していたことも亦当事者間に争なく、しかも成立に争のない甲第十九号証、第二十号証、第二十二号証及び第十二号証を綜合すれば訴外牛田との紛議について示された被控訴人側の態度は著るしく信義に反したものであると認めるに十分である。

右に認定したように、被控訴人が本件借地の一部を長期にわたつて無断転貸していたこと及び本件土地が期間満了当時も空地として放置されていたことを中軸として当事者双方の本件土地に対する必要度を勘案すれば、控訴人が被控訴人に対してなした継続使用ないしは更新請求に対する異議の申出には少くとも本件土地二十五坪に関する限り正当の事由があるものと解するのが相当であるから、本件土地については昭和二十九年八月十七日を以て期間の満了により賃貸借は終了したものといわなければならない。なお借地の継続使用ないしは更新請求に対する異議は借地の全部に対してなされるのが原則であり、正当事由の存否も借地の全部についてこれを定めるのが本則であるか、本件の場合のように借地の一部についてのみその明渡を求めている場合には当該部分について正当事由があるかどうかを判断すれば足るものと解すべきであるから、本件土地二十五坪以外の部分についての判断は特にこれを示さない。しかして、継続使用ないしは更新の請求に対する異議の申出があつた場合に借地の一部についてのみ明渡を命じうることは、正当事由による解約を原因として家屋の一部の明渡を命じうることが既に確定された裁判例であることを考えれば、敢て異とするに足らないだろう。

被控訴人は、右の点に関し、控訴人が昭和二十九年九月一日、同年八月分の賃料(期間満了後の分を含む)を異議なく受領したと主張し、これによつて法定更新があつたというもののようであるが、成立に争いない乙第八号証、当審における証人矢田部清及び双方本人の各供述を綜合すれば、被控訴人が控訴人に対し昭和二十九年九月一日に八月分の賃料を支払つたことはこれを認めることができるが賃料は以前から被控訴人の兄矢田部清が控訴人の娘佐藤てる方へ持参して支払うのが例になつていたので、右の八月分の賃料も従前の例にならつて佐藤てる方へ持参して同人に支払つたもので、控訴人が直接これを受領したものでないこと、しかも控訴人は翌二日頃には被控訴人方へ赴き同人に対し、期間の満了と無断転貸を理由に本件土地の返還を申入れていることが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はないので、被控訴人のこの点の主張は失当である。なお、被控訴人は本件借地に土盛りしたというか、当審における証人三田民次郎及び控訴本人の供述によれば土盛りした者は控訴人であつて被控訴人ではなく、当審における証人矢田部清も被控訴人側で土盛りした部分は本件借地の一部分にすぎないと供述しているのであるから、土盛りの事実をもつて正当事由の存否を左右することはできないものといわなければならないし、転貸事情に関する被控訴人の主張についても、それをそのまま措信したとしても無断転貸の事実が著るしく長期にわたつている点からみて、右と同断である。

右のとおり、本件土地に関する限り控訴人と被控訴人間の賃貸借契約は期間満了の日たる昭和二十九年八月十七日をもつて終了したものである。しかして被控訴人が本件土地に主文第二項掲記の建物を所有して右土地を占有していること、本件土地の一ケ月の賃料相当額が金三百九十五円であることはいずれも当事者間に争いがないから、被控訴人は控訴人に対し右建物を収去して本件土地を明渡しかつ、不法占有后の昭和二十九年十月一日から右明渡済まで一ケ月金三百九十五円の割合による損害金を支払うべき義務がある。

よつて、右の履行を求める控訴人の本訴請求は、爾余の判断をするまでもなく、理由があるのでこれを認容し、これと異なる原判決は不当であるからこれを取消すこととし、民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三 高橋久雄 石川良雄)

図<省略>

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